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長崎地方裁判所 平成2年(行ク)2号 決定

申立人(被告)

社会保険庁長官

北郷勲夫

右指定代理人

城登

外七名

被申立人(原告)

柿山賢一

右訴訟代理人弁護士

福崎博孝

主文

本件移送申立てを却下する。

理由

一本件訴訟と移送申立て

1  本件訴訟は、被申立人(以下「原告」という。)が佐世保社会保険事務所を経由してなした厚生年金保険の被保険者であった間に初診日のある傷病(なお障害認定日は、昭和六一年一一月二〇日)に係る国民年金法及び厚生年金保険法による障害給付(障害基礎年金及び障害厚生年金)の裁定の請求に対して、申立人(以下「被告」という。)が昭和六二年八月五日付でなした不支給処分の取消しを求める抗告訴訟である。

2  これに対し、被告は、本件訴訟を東京地方裁判所に移送するよう申し立て、本件処分は社会保険庁長官が行なったもので、本件訴訟の管轄は行政事件訴訟法一二条一項により東京地方裁判所にあると主張した。これに対し、原告は、本件処分に関して佐世保社会保険事務所ないし長崎県知事が下級行政機関として事案の処理に当たったから、同条三項により長崎地方裁判所にも管轄がある、仮にそうでないとしても本件移送申立ては権利の濫用である旨を主張した。

それぞれの主張の詳細は、別紙一、二のとおりである。

二本件訴訟の管轄について

1  行政処分の取消を求める抗告訴訟の管轄について行訴法一二条一項は、「行政庁を被告とする取消訴訟は、その行政庁の所在地の裁判所の管轄に属する。」としているが、同条三項で、「取消訴訟は、当該処分又は裁決に関し事案の処理に当たった下級行政機関の所在地の裁判所にも提起することができる。」旨を定めている。

右三項の規定は、国民の出訴を容易にし、証拠資料収集の便宜に資することを目的として、同条一項の特則として規定されたものである。すなわち、同条三項は、中央行政庁が処分権者とされたときに、同条一項の規定だけでは東京地方裁判所に対してしか訴えを提起できないことになり、地方に居住する者の訴えの提起が事実上困難になる場合が生ずることから、当該事案の処理に関与した下級行政機関がある場合には、その所在地の裁判所にも訴えを提起することを認め、地方に居住する国民の裁判を受ける権利を実質的に保障しようとしたこと、及び、下級行政機関が処分に関与する場合には、当該処分の適否を判断するための証拠自体も、当該下級行政機関の所在地に存在することが多いから、その所在地の裁判所で審理を行なうことが証拠の収集や取調べの便宜にもかない、そのことがひいては適正迅速な裁判の実現につながることをも考慮して規定されたものである。

現に、本件においては、原告は長崎県の端に位置する松浦市に居住しており、経済的にも恵まれていないうえに(年間所得金額は一二八万余円)老父を抱えていて、東京地方裁判所に出向いて訴訟を行なうことは、経済的にも全く不可能である。本件訴訟も長崎弁護士会の紹介によって長崎市内の弁護士に依頼してようやく提起したものであり、東京での審理のための出張費用や打合せ費用を負担する能力はなく、本件が東京地方裁判所に移送されるならば訴えを取り下げざるをえない現状にある。また、本件訴訟の主な争点は、原告の下肢障害が厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)施行令別表第一の「十四 傷病が治らないで、身体の機能又は精神若しくは神経系統に、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を有するものであって厚生大臣が定めるもの」に該当するか否かということであるが、その判断の資料となる関係医療機関の診療記録や就労状況に関する証拠は全て長崎地方裁判所の管内にあり、原告が取り調べを求める予定の長崎労災病院整形外科の医師や原告がリハビリを受けた田中病院の医師らの証言等を得ようとすれば、実際には長崎において取り調べを行なうしかないことが予想される。従って、本件訴訟で充実した審理を迅速に行なうためには、長崎地方裁判所がこれを管轄するのがもっとも合理的である(なお被告は、多数の指定代理人を擁し地方においても十分に応訴能力がある。そして、現に行政不服審判法上の異議申立ては、各都道府県に置かれた社会保険審査官に対して審査請求をすることになっており、ここでは、国民の異議申立を容易にすること及び証拠収集の便宜について考慮が払われている。)。

もっとも、前述のように、行訴法一二条三項は「当該処分に関し事案の処理に当たった下級行政機関」がある場合にはじめて、同条一項の原則に例外を設けているのであるから、本件において原告の被告に対する裁定請求を受理した佐世保社会保険事務所ないしは長崎県知事が同項にいう「事案の処理に当たった」といい得る実態を備えている場合にのみ、当裁判所に管轄が生ずることになる。

そこで、右法文の解釈及び実態の法的評価が問題となるが、まず、右法文が「事案の処理に当たった」という以上、下級行政機関が単に処分庁の依頼によって資料の収集を補助し、あるいは、申請を受理して経由した程度ではこれにあたらず、下級行政機関が、事案の調査を行なうなどして実質的に処分庁の意思形成に協力し処分の成立に関与した、あるいは実質的に処理そのものに関与したといえる場合をいうと解すべきである。

2  そこで、以下、佐世保社会保険事務所ないし長崎県知事の本件処分への関与の実態が、右にいうような意味で「事案の処理に当たった」といい得るか否かについて検討する。

(一)  まず、右の機関が本件処分に関与する法制度上の根拠についてみると、国民年金法(以下「国年法」という。)によると、国民年金事業は政府が管掌し(同法三条一項)、給付を受ける権利は社会保険庁長官が裁定する(同法一六条)とされているが、同法三条二項によって国民年金事業の事務の一部を政令の定めるところにより都道府県知事等に行わせることができると規定されている。そして、同法施行令一条によって一二項にわたる広範な事務を都道府県知事に行なわせることになっている。そのうち障害基礎年金についてみると、同条二号ハにより同法七条一項所定の第一号被保険者及び同第三号被保険者であった間に初診日がある傷病などによる障害にかかわる障害基礎年金などは一部を除いてその権利の裁定自体を都道府県知事に行なわせることになっているが、原告の場合のように被用者年金各法(国年法五条一項参照)たる厚生年金保険等の被保険者(国年法七条一項所定の第二号被保険者)であった間に初診日がある傷病による障害にかかる障害基礎年金(これには障害厚生年金等が上乗せされることになる)に関しては、同令一条一号により「権利の裁定の請求の受理」と「その請求に係る事実についての審査に関する事務」だけを都道府県知事に行なわせ、「権利の裁定に関する事務」は社会保険庁長官が行なうことになっている。

また、社会保険事務所は、地方自治法施行規程七三条に基づいて設置され、その所掌事務の範囲に国年法及び厚年法の施行に関する事務を含んでいるところ(同施行規程六九条二号)、右事務に従事する職員は官吏であるが、都道府県知事の指揮監督に服し、知事の行なう前記国年法上の事務を委任されて(同施行規程七一条一項、七二条)行なっている。

次に、厚年法によると、厚生年金保険は政府が管掌し(同法二条)、保険給付を受ける権利は社会保険庁長官が裁定するとされている(同法三三条)。したがって、障害厚生年金等に係る厚生年金保険の裁定請求書は、社会保険庁長官に提出することになる(法施行規則四四条)が、同法の施行に関する事務は官吏たる社会保険関係地方事務官に行なわせることになっており、かつ、裁定請求書は都道府県知事を経由して提出するものとされている(同規則八一条の二第二項)ことから、実際には、前記の社会保険事務所が、障害厚生年金の裁定請求についても国年法の障害基礎年金の場合と同様の事務を担当することになっている(ちなみに、国年法による障害基礎年金と同一の支給事由に基づく厚年法による障害厚生年金の受給権を有する場合には、両年金の請求は併せて行なうものとされている(国年法施行規則三一条四項)。)。

したがって、本件においては、制度上は、原告の住所地を管轄する佐世保社会保険事務所が右両年金についての「裁定請求の受理」及び「その請求に係る事実についての審査に関する事務」を行なったことになる(この点については、当事者間に争いがない。)。

(二)  次に、社会保険事務所が前記両年金の裁定請求について実際に行なっている事務の具体的な内容についてみると、右事務については、昭和六一年三月三一日付けの社会保険庁年金保健部業務第一課長及び同第二課長からの通知(庁業発第一三号)によって「裁定請求書の受付、点検・補正、進達の取扱いについては、『国民年金・厚生年金保険・船員保険年金給付裁定請求書の進達事務の手引』によって行なう」旨が定められている。そして、右「手引」(〈書証番号略〉)によると、社会保険事務所においては、両年金の裁定請求書の提出があると、当該請求書に受付印を押捺し、裁定請求書所定の記載事項につきその記入漏れや記入の形式的な誤り等を点検・補正し、また、所定の添付書類の添付の有無等を点検・確認したうえで、裁定請求書進達票を添えて社会保険庁長官あてに進達することになっており、その限りでは、社会保険事務所は裁定請求書の経由機関として請求書を受理しその不備等を形式的に点検確認している、すなわち「請求の受理」とその経由事務だけを行っているに過ぎないようにみえる。

しかし、右「手引」の記載を仔細に検討すると、社会保険事務所は単に受理と経由事務を行なうだけでなく、両年金支給の要件、仮にこれを、保険加入の事実や所定の期間内における障害の発生等の「資格要件」と、当該障害が一定の程度に達していること等の「障害要件」に分けて考えるとすると、その両者について、前記国年法施行令一条一号に定められたとおり「請求に係る事実についての審査に関する事務」を行なうことが前提となっていることが窺われる。すなわち、例えば、社会保険事務所は、裁定請求書の「①年金手帳の記号番号」欄については、年金手帳と照合・確認したうえで、請求書に確認が済んだ旨の朱印(○で確の一字を囲んだもの)を押して、年金手帳自体は請求者に返付し、さらに、窓口装置によって国民年金の記号番号を被保険者ファイルと照合することになっており、「②生年月日」欄、「③氏名」欄は、生年月日に関する市区町村長の証明書または戸籍の抄本や年金手帳と照合し、「⑦配偶者・子」欄についても配偶者の有無や配偶者が他の公的年金制度からの給付を受けているか否か、また、その内容等、各種の記載事項について同様の確認作業を行い、所定の個所に前記の確認印を押す。また、同欄については、配偶者が請求者との婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者であるときは、「その事実を明かにすることができる書類」と照合し、右事情にあるときは、裁定請求書の連絡欄に「内縁」と朱書する。

さらに、「⑧現在、公的年金および船員保険法から年金を受けていますか云々」欄については、その記載事項について確認して前記確認印を押し、認定の資料は請求者に返戻する。「⑫障害の原因は云々」欄については、障害が第三者行為によるときは、どんな事故によるものか確認し、加害者の氏名等を記入させる。「⑬国民年金および厚生年金保険の障害給付を請求するときに記入して下さい。」欄に関しては、同欄内の「(1)この請求は右欄のどの事由に該当しますか。」欄の記載内容を、添付された診断書や病歴・就労状況等申立書などで確認し、「1事後重症」を○で囲んであるときは、それが六五歳を経過した後の請求であれば、請求書を返戻するか、本来の裁定請求をさせ、「2初めて障害等級の2級に該当したため」を○で囲んであるときは、それが六五歳を経過した後の請求であり、所定の要件を満たしていなければ、請求書を返戻する。右⑬欄内の「(3) 障害の原因である傷病について記入して下さい。」欄においては、添付された診断書が障害認定日の障害の程度を表している診断書か等を確かめ、障害が国民年金法施行規則別表および厚生年金保険法施行規則別表に掲げる疾病または負傷によるものであるときは障害の程度を示すレントゲンフィルムを添付させ、同表に掲げるものであるかどうかが診断書等で判断できないときは、そのまま進達する。さらに、添付された右診断書や病歴・就労状況等申立書で「傷病名」「傷病の発生した日」「初診日」を確認し、記載が相違しているときは請求者に確認し、記載を訂正させたり、初診日が不明なときは請求者に照会するかまたは必要に応じて初診時の医療機関に確認させたりする。また、傷害が業務上であるか否かも確認し、添付された書類等でも確認できないときや記載事項が誤っていると思われるときは、請求者に照会する。

また「⑯上欄の請求者によって生計維持している者について云々」欄においては、添付資料によって生計を維持しているか否かを確認し、確認できたときは、確認した事項の記号を、社会保険事務所において記入し、確認印(この場合は担当者印)を押印する。

さらに、一般的に、裁定請求書の記載事項に補正できない不備があるときは、その旨を明らかにして社会保険事務所において請求者に当該請求書を返戻することとされている。

以上のような「手引」の記載を総合すると、結局、社会保険事務所は、単に裁定請求書を受理して、形式的な不備を補正して社会保険庁長官に進達するだけではなく、社会保険庁長官が権利の裁定を行なう上で前提となるべき年金支給の資格要件や障害要件について事実関係の審査を行なって、その結果を、点検・確認・補正済みの裁定請求書と、障害の程度を判定するために必要にして十分な記載のなされた診断書等や病歴、就労状況等申立書等の添付書類という形で進達しているものと解され、社会保険庁長官は、社会保険事務所によって行なわれた以上のような事実関係の審査の結果を前提として、障害の程度を右書面等によって判断して前記の別表に当てはめて裁定を行なっているものと解される。もっとも、社会保険庁長官において社会保険事務所による右事実の審査が不十分であり、その内容に不明な点があると考えた場合には、さらに追加の資料の提出をさせ、事実関係の再調査をさせることがあるのは当然であるが、だからといって、社会保険事務所が「事実についての審査」を行なっていないということにはならない。

(三)  なお、被告は、社会保険事務所の行なう「事実についての審査」は形式的で軽微な事項に限定されるとも主張する。しかし、前述の「資格要件」が権利の裁定にあたって形式的で軽微な事項に当たらないことはいうまでもない。

また、そもそも、社会保険事務所(都道府県知事)は、前述のように第一号、第三号被保険者等の請求にかかる障害基礎年金については、権利の裁定自体を自ら現に行なっているのであって、権利の裁定の前提となる障害要件等の事実関係についても、実質的な審査を行なう能力を十分有しており、かつ、社会保険庁長官の裁定は進達された書面資料によって行なわれているところ、事実に関しては単なる書面審理だけでこれを全て認定することは困難で、証拠資料との関係からいっても、裁定請求書を直接受理し、請求者等に不明な点を照会し、資料の補正・追完を求めることができる社会保険事務所がこれを行なうとするのが制度としても自然であるから、前記のような国年法施行令一条一号の規定もこのような点を踏まえて都道府県知事に対して単に「権利の裁定の請求の受理」を行わせるだけではなく、「その請求に係る事実についての審査に関する事務」を行わせる旨を規定したものと解されるのであって、右の規定を被告のように限定的に解釈するいわれはない。さらに、「事実についての審査に関する事務」という文言は、同令一条一号だけでなく、同条、二条、二条の二等の規定の多くの箇所に使用されているが、被告の主張によるとこれらも全て形式的で軽微な事項に限定されるということになろうが、これらをそのように解釈する根拠もない。

(四)  そして、原告の場合にも、佐世保社会保険事務所は原告からの裁定請求書を受理し、添付された診断書や病歴・就労状況等申立書等の資料の内容を点検確認したうえで、「請求に係る事実についての審査」を行ない、一旦は申請書類を返戻したが、その後さらに追加の診断書の提出を求め、診断書の記載内容の訂正をさせるなどしたうえで再度申請書を受理して、これらを添えて被告に進達したものであることが認められるから、その過程において、佐世保社会保険事務所が両年金の支給要件に係る事実関係について実質的な審査と認定に必要な証拠資料の収集を行ない、被告は、右の審査の結果を基礎にして(すなわち、事実に沿った内容であることが確認された書面等の内容に基づいて)、原告が厚年法施行令別表第一の障害要件に該当するか否かを裁定したものというべきである。

(五) そうだとすると、佐世保社会保険事務所は、本件処分について事案の調査を行なうなどして処分の成立に関与した、あるいは、処理そのものに実質的に関与したということができるのであるから、同社会保険事務所は行訴法一二条三項の「事案の処理に当たった」下級行政機関に該当するというべきである。

なお、被告は、政府が管掌する国民年金事業の事務の一部を都道府県知事等に行なわせる一環として各類型ごとに受理、審査業務の担当を区分しているのは、国と都道府県等との業務量の均衡等を勘案し、迅速適正な制度の運用を期したものであると主張する。もとより、関係機関における業務量の分配調整は、適正な制度の運用上必要とされることではあるが、そのようないわば内部的な事情のみによって、同種の権利について権利の救済面において不合理な差異をもたらすことは許されないというべきところ、仮に本件について、国年法施行令一条一項の規定する業務分担の趣旨やその運用について、前記のような解釈をとれないとすると、行訴法一二条一項との関係で、一号被保険者及び三号被保険者は各地方の裁判所に処分の取消訴訟を提起できるのに、二号被保険者は被保険者当時に初診日のある傷病については東京の裁判所にしか処分の取消訴訟を提起できなくなるのであって、そのような結果は、さらにそれを基礎付けるに足る制度上の合理的な理由がない限り、容認できないというべきである。

3  まとめ

本件処分に関しては、被告の下級行政機関である佐世保社会保険事務所が事案の処理に当たっているから、その取消を求める本件訴訟は、同事務所の所在地を管轄する当裁判所にも管轄がある。

三結論

以上の次第で、本件訴訟が当裁判所の管轄に属しないことを前提とする被告の移送申立ては、その余の点について検討するまでもなく理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官小田耕治 裁判官井上秀雄 裁判官浦島高広)

別紙一 〔被告の主張〕

第一(移送申立書)

原告は、本件訴訟において、被告が、原告の厚生年金保険被保険者期間中に発した傷病に係る国民年金法及び厚生年金保険法の規定に基づく障害給付の裁定請求に対して、障害認定日(昭和六一年一一月二〇日)現在の障害が、国民年金法施行令四条の七に規定する別表及び厚生年金保険法施行令三条の八に規定する別表第一並びに同法施行令三条の九に規定する別表第二に定める程度に該当しないとして、「国民年金・厚生年金保険法の障害給付を支給しない」と決定した処分(以下「本件処分」という。)についての取消しを求めているが、本件訴訟の管轄は東京地方裁判所にあり、長崎地方裁判所にはない。その理由は、以下に述べるとおりである。

一 本件訴訟は、本件処分の取消しを求めるもので、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)の抗告訴訟のうち取消訴訟と考えられる。

ところで、行訴法一二条一項は、「行政庁を被告とする取消訴訟は、その行政庁の所在地の裁判所の管轄に属する。」と規定しており、本件訴訟の場合、被告の所在地は東京都であるから、本件訴訟を管轄する裁判所は東京地方裁判所である。

二 原告は、昭和六二年四月一七日、国民年金法及び厚生年金保険法による障害給付の裁定請求書(以下「本件裁定請求書」という。)を佐世保社会保険事務所を経由して被告に提出したので、同社会保険事務所が行訴法一二条三項の「当該処分又は裁決に関し事案の処理に当たった下級行政機関」に該当するものとして、その所在地の裁判所たる御庁に本件訴訟を提起したものと考えられる。

しかしながら、以下に述べるとおり、同社会保険事務所は本件処分に関し、「事案の処理に当たった下級行政機関」には該当しないのである。

1 行訴法一二条三項は、国民の出訴を容易にし、証拠資料収集の便宜に資することを目的として、取消訴訟の特別管轄を定めたものである。右規定の趣旨にかんがみれば、「事案の処理に当たった」とは、単に提出された書類を受理して、書類の記載漏れの点検など形式的な処理をして上級行政庁に送付したにすぎない場合や、調査の嘱託等を受けて資料の一部を収集した程度では足りず、事案の調査を行い、処分の基礎となる資料を積極的に収集し、上級行政庁が処分をするに際して、事案の調査に基づいて意見を具申するなど、実質的に処分の成立に関し重要な影響を与えたことをいうと解すべきである(仙台地裁昭和五四年一二月一四日決定・行裁例集三〇巻一二号二〇一七ページ、大阪高裁昭和五〇年四月八日決定・訟務月報二一巻七号一四〇九ページ、杉本良吉・行政事件訴訟法の解説四九ページ、南博方・注釈行政事件訴訟法一四五ページ)。

2 そこでこれを本件についてみると、国民年金法によれば、国民年金事業は政府が管掌し(同法三条一項)、給付を受ける権利の裁定は社会保険庁長官が行う旨規定している(同法一六条)。同法三条二項は国民年金事業の事務の一部を都道府県知事等に行わせることができる旨規定し、これに基づき、同法施行令一条はその具体的事務を定めているものの、同条二号により同法による障害給付と同一事由による厚生年金保険法の障害給付が行われる場合には除かれている。

また、国民年金法施行規則三一条四項の規定により、厚生年金法の障害給付の請求に併せて行わなければならないことになっている。

さらに、国民年金法による障害給付の裁定請求書は、社会保険庁長官に提出することによって行うのであるが(同法施行規則三一条一項)、都道府県知事を経由して提出することとされている(同法施行規則三八条の四第一項)ことからも明らかなとおり、都道府県知事は、単に障害給付の裁定請求書の提出に係る経由機関にすぎないのである。

3 次いで、厚生年金保険法によれば、厚生年金保険は政府が管掌し(同法二条)、保険給付を受ける権利の裁定は、社会保険庁長官が行う旨規定している(同法三三条)。同法四条は、この法に規定する社会保険庁長官の権限の一部を都道府県知事に委任することができる旨規定(同法四条)しているものの、それは脱退手当金を受ける権利を裁定する権限のみであり(同法施行令一条)、本件のような被保険者又は被保険者であった者の障害に関する保険給付の決定及び給付額の算定については含まれていない。

また、厚生年金保険法による障害給付の裁定請求書は社会保険庁長官に提出することと規定しているが(同法施行規則四四条)、都道府県知事を経由して提出することとされている(同法施行規則八一条の二第二項)ことからも明らかなとおり、都道府県知事は単に障害給付の裁定請求書の提出に係る経由機関にすぎないのである。

4 ところで、社会保険事務所は、地方自治法施行規程に基づいて設けられ、国民年金法及び厚生年金保険法の施行に関する事務を所掌事務の範囲に含んでいる(同施行規程七三条一項、六九条二号)が、社会保険事務所の職員は都道府県知事の指揮監督に服し、都道府県知事の職権に属する事務の一部を委任されている(同施行規程七一条一項、七二条)ことに照らすと、社会保険事務所は都道府県知事の権限に属する事務を分掌する分課機関である。

長崎県においては、長崎県組織規則(〈書証番号略〉)が、佐世保社会保険事務所を長崎県の地方機関たる分課機関であると明記している(同規則二六条、五条二号)。

本件において、佐世保社会保険事務所長は、原告が提出した裁定請求書を受理し、これを被告に送付したにとどまるのである。

なお、佐世保社会保険事務所長は、裁定請求書を受け付ける際、裁定請求書の必要記載事項の記載の有無を点検確認を行っているが、これは不備な裁定請求書を被告に送付することを避けるための形式的な、いわば経由事務であるから、この程度の事務を取り扱ったことをもって、同所長が本件処分について「事案の処理に当たった」ものと言うことができないことはいうまでもない。

5 よって、本件処分について、佐世保社会保険事務所が、行訴法一二条三項にいう本件処分に関し「事案の処理に当たった下級行政機関」とはいえないことは明らかである。

三 以上のことから、本件訴訟は、行訴法一二条一項により、被告の所在地の東京地方裁判所の管轄に属するものであるから、同法七条及び民事訴訟法三〇条一項に基づき本申立てに及ぶ次第である。

第二(平成二年一一月一三日付被告準備書面)〈省略〉

別紙二 〔原告の主張〕〈省略〉

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